A wonderful place 2



悄然と俯く白い顔に、低く掠れた声で呼びかけた。
「ゼル。」
青い瞳がハッと驚いたように自分を見上げる。また絞られるように胸が痛んだ。
こんな告白をすれば、ゼルは俺を嫌うだろう。汚いものでも見るように、眉を顰めて俺を睨み付けるだろう。
その視線は、きっと刃のように俺の心をえぐるだろう。

そう思うと、本当に胸元から血がじくじくと染み出てくるような気がした。
その痛みを無理やりねじ伏せ、何とか唇に笑みを浮かべた。ゆっくりと、静かにゼルに笑いかけた。
金色の睫が、一層驚いたようにパチパチと瞬く。好きだ、と痛烈に思った。
好きだ。今ぐらい、お前が大切だった事は無い。お前を失いたくないと、思ったことは無い。
本当は、ずっと側にいたかった。例え恋は叶わなくても、ずっとお前の側にいたかった。
だけど、これで終わりだ。
「・・・・違うんだ。ゼル。お前のせいじゃない。笑わなくなったのも、眼を合わせなくなったのも、お前が
嫌いだからじゃない。ただ、俺が・・・」
胸いっぱいに息を吸い込む。そして、最初で最後の言葉を告げた。
「俺が、お前を好きになっただけだ。友達以上に、好きになってしまっただけなんだ。」



ゼルが青い目を大きく見開く。
「・・・それがばれて、嫌われるのが怖かっただけだ。お前にホモだって思われて、気持ち悪がられたく
なかっただけだ。・・・ごめん。」
悪かった、と頭を下げて謝った。ゼルが呆然とその場に立ち尽くす。暫くそうしていたかと思うと、突然、
ふっと顔を横向け、はっ、と自嘲するように小さく笑う。胸が張り裂けそうになった。

当たり前だ。当たり前の話だ。この反応で、当たり前なんだ。
心臓が千切れてしまいそうな痛みに耐えながら、必死で自分に言い聞かせた。
誰が男に好かれたいなんて思う。
友達と信じていた男に、欲望の眼で見られたいと思う。先に裏切ったのは、俺の方だ。俺が勝手に、友達の
境界線を踏みにじったんだ。それを後から知らされたゼルが、自分を憐れんで何の不思議がある。
こんな薄汚れた男を信じていた自分を憐れんで、何の不思議があるんだ。

ゼルが、ふぅ、といかにも疲れたような溜息をつく。その溜息が消えると同時に、ゆっくりとスコールに
向き直る。
「・・・スコール、それってさぁ・・・・」
青い瞳が泣き出しそうな笑みを浮かべる。血が滲むほど拳を握り締めて、その次の言葉を待った。



「俺が、言わしてんじゃねぇの?」






・・・は?



「お前、優しいから。優しいから、そう言ってんじゃねぇの?俺に合わせて。俺に、気ぃ使って。」
青い瞳から、堪え切れないように涙が零れ落ちる。
「俺が、変だから。すげぇ、変だから。だからお前、無意識に気ぃ使ってんじゃねえの?無意識に、
俺に合わせてんじゃねぇの?あの映画ん時みてぇに。俺も観たかった、なんて言い訳した時みてぇに。」
子供のようにしゃくりあげながら、ゼルがまた無理やりな笑顔を浮かべる。
「お前、優しいから。俺の事、これ以上傷つけたくなくて、だから自分も合わせてやんなきゃって
思っちまったんじゃねぇの?しょうがねぇ、ホモになってやろうって、思っちまったんじゃねぇの?
ほんとは俺が、それ言わしてんじゃねぇの?」


ゼルが涙に喉を詰まらせながら、おまえ優しいから、優しいから、と繰り返す。
それを、訳が分からず見下ろした。
あまりに反応が予想外過ぎて、どうしていいか分からなかった。
俺が優しい?俺が優しいと、何なんだ?ゼルを好きだと言って。同性のお前が、友達以上に好きだって
告白して。その結果が何で、「俺が優しい」なんだ?

しかも、その優しい理由は、「自分が変だから」という。
ちっとも分からない。ゼルのどこが変なんだ。
第一、自分は優しくなんかない。ゼルがやばいやばい、と仲間に喚き散らしてるくせに、何故か自分には
中々何が大変なのか言おうとしないゼルの友人。俺は約束を守る主義なんだ、と無駄に強がるその首を、
躊躇なく顔色が紫になるまで締め上げた。15分以上脳に酸素がいかないと、廃人になるらしいぞ?
と何の感情も浮かべず言い放った。
だらだらと涙を流して震えるあの姿を思い出すと、自分が「優しい」などとは到底思えない。

けれど、ゼルの中では、そういう事になっているらしい。
俺は優しくて、気ぃ使いで。その結果、ホモになってゼルに告白したらしい。しかも、その告白は俺の
意志じゃなくて、無意識にゼルに言わされているらしい。
全然判らない。話が支離滅裂だ。どうやったら、そんな訳の分からない推論が導き出されるんだ。
自分でおかしいと思わないのか。
そう途方にくれている間にも、ゼルが悲壮に泣き続ける。
「・・・っ俺が、俺が・・・・・」
ひく、と白い喉が大きくしゃくりあげる。何もかも自分のせいだ、と言わんばかりの口調で、一息に言う。


「お前の事、おかしいくらい好きだから・・・・!」


「俺が、お前をおかしいくらい好き過ぎて、だからお前、俺に合わせて、お、俺のこと、傷つけたくなくて。
そんでお前、無意識に・・・っ!」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、もがくようにゼルが言う。呆然とその薄い唇を眺めた。
今言われた言葉に、全身が硬直して上手く舌が動かせなかった。
「・・・・俺を、好き・・・?」
ようやく何とか言葉を搾り出して尋ねた。ゼルが、うん、と小さく頷く。
「でも、それ変だろ?おかしいだろ?何で俺、こんな事してんの?お前に笑って欲しいってだけで、
こんな真似してんの?こんなの、普通じゃねぇだろ?俺、おかしいだろ?」
なぁ、とゼルが泣きながらスコールを見上げる。その瞬間、頭の中でふつりと何かが弾け飛んだ。


物も言わず抱き寄せた。言いたい事が一気に湧き上り過ぎて、むしろ何も言えなくなった。
奇跡なんて、今まで信じた事もなかったのに。
「・・・俺を、おかしいくらい好き?・・・好き過ぎるくらい?普通じゃないくらい・・・?」
思考がストップしてまともに物を考えることが出来ない。ただ馬鹿のようにゼルの言葉を繰り返した。
「・・・え?う、うん・・・え?ちょ、ちょっ、おまえ・・・え?・・なに・・・?」
ゼルの動揺が抱きしめた胸越しに伝わってくる。スコール!?と驚いたように尋ねるその声に、全身が
陶然となった。
「・・・馬鹿・・・!そんなことあるか。俺の方が、ずっと先からお前が好きだ・・・!」
息詰るような興奮を強引に抑え、やっとそれだけ喉から搾り出した。もう、このままゼルの顔中に
キスを降らせたいくらいだった。



「ぜってぇ嘘。」



やたらにきっぱりとした声が胸元から聞こえた。
「・・・何で。」
「んなわけねーから。」
異様に確信に満ちてゼルが答える。
「お前、絶対この場の雰囲気に流されてるだけだと思う。俺が可哀想過ぎて、訳分かんなくなってんだと
思う。お前、そういう奴だから。」
ばっさりそう言い切って、出奔の前科持ちの伝説のSeeDの顔をじっと見詰める。
「お前、なんかあるとすぐ、全部自分のせいだって思うじゃんか。そんで、無理に自分を追い詰めた挙句、
とんでもねぇ暴走するじゃん。」
青い瞳から、また涙がもりもりと浮かび上がる。その涙を拭いながら、俺は判ってるんだ、と言わんばかりに、
はっきりとした口調で言う。
「だからお前、ぜってぇ俺に合わせてるだけだと思う。」


馬鹿じゃないのか。
スコールが唖然と思う。何を言ってるんだ。そんな馬鹿な事あるか。いくら俺が暴走する方だって、勢いで
ホモになったりするか。幾らなんでも、そこまで錯乱しやすい奴じゃないつもりだ。
「・・・それは無い。俺は、本当にお前が好きだ。」
「・・・だから、それが既に俺に合わせてるんだって。」
「・・・・・いや。違う。絶対、俺の方が先に好きになってたはずだ。」
「んなわけねーよ。な、無理すんなよ。俺、お前のそういう気持ちだけで嬉しいよ。」
「・・・・・・・・。」

駄目だ。埒が開かない。スコールが片手で顔を抑えながら思う。
こんな展開になるなんて、夢にも思わなかった。
ゼルに告白すればどうなるか、今まで色々想像した。せめて夢だけでも、と自分に都合のいい展開を想像
した事もあるし、ホモ野郎、と自分を罵るゼルの姿を、拳を握り締めて想像した事もある。
けれど、その中に「ゼルが信じない」という選択肢は全く入っていなかった。
そんな答え、思いつきもしなかった。

もっと早く告白すれば良かった。
スコールの唇から後悔の溜息が漏れる。こんな頑固に否定されるなら、もっと早く告白すれば良かった。
もっと早く告白して、しつこいくらい執念深く、好きだ好きだと言い聞かせていれば良かった。
こんな鈍い奴、それぐらいでちょうど良かったんだ。

そうだ。だいたい、何で忘れてたんだ。
今更ながらスコールが思う。
突然泣き出した男。無責任に飛び出した出奔に、呆れるか怒るかするだろうと決め付けていた自分に、
辛かったら辛いと言えと、子供のように大泣きした男。諦めかけていた自分に、俺がお前の友達だと、
まっすぐに手を差し伸べて言った男。
ゼルの行動は、いつだって自分の思惑を超えていたのに。
悩むのが馬鹿らしいくらい、予想の範囲外にあったのに。

「・・・・いい加減にしろ。そのうち怒るぞ。」
好きな相手に告白してるとは思えないセリフでスコールが言う。低い声で、いいか、と宣言するように
ゼルに語りかける。
「俺は、ずっとお前が好きだった。お前がどっかへ行く度に、みっともないくらい嫉妬してた。お前が俺の
ものだったら、って馬鹿みたいに繰り返し考えてた。お前に近づく男も女も、全員纏めて斬り捨てて
やりたいくらいだった。今だって、俺がどんな思いで告白したと思ってるんだ。これで終わりだって、
死にたいくらい辛かったんだぞ。こんな気持ちが、ただの同情な訳があるか。」

きっぱりと言うスコールを、ゼルが瞬きもせず見上げる。
それを眺めながら、スコールが一回大きく息を呑む。
「・・・今だって、本当は心配だ。お前が、俺の気持ちについてこれるか。俺が、お前をどうしたいか知ったら、
お前は逃げてしまうんじゃないか、って心配してる。俺はお前を好きすぎて、お前はそれを重荷に思って
しまうんじゃないかって思ってる。」
節の長い大きな手が、ぐっと辛そうに握り締められる。
「・・・・頼む。俺を、嫌いにならないでくれ。俺は、きっと加減が出来ない。いつだってそうなんだ。
疲れるんだ。俺といると。俺も、周りも疲れるんだ。」
流れるような黒髪が、俯く白皙の頬に深い影を落とす。
「・・・だから、一人だ。誰も、俺といようと思わない。・・・それでも、いいと思ってた。だけど、お前が来て
くれて。俺の友達だって、言ってくれて。それで今度は、俺を好きだって言ってくれて。・・・それならもう、
俺はきっと我慢できない。お前が去ってしまう事が、我慢できない。」
銀の雨を切り裂くように、悲痛な声が夜空に響く。
「好きだ。俺を、嫌いにならないでくれ。俺をおかしいくらい好きだって言ってくれた、そのままの
気持ちでいてくれ。お願いだ。俺に、疲れないでくれ。俺をずっと好きでいてくれ。俺のこと、好きだって
言ってくれ・・・・!」



乞うように頭を垂れるスコールを、ゼルがじっと見詰める。
暫くそうやって見詰めた後、静かに擦り傷だらけの指を上に伸ばす。艶やかなスコールの黒髪を、つん、と
軽く引っ張って顔を上げさせる。
「スコール・・・・」
海のような青い眼が、涙を湛えてにっこりと微笑む。





「すげぇ好き」





「スコール、すげぇ好き。お前のこと、ほんとに好き。お前の不器用なとこも、結構怒りっぽいとこも。
ほっとくと、そういう、俺といると疲れるとか、ろくな事考えないとこも。強いとこも。かっこいいとこも。」
涙に濡れる笑顔で、ゼルがスコールに囁き続ける。
「・・・・俺みてぇなうぜぇチビ好きになっちゃう、馬鹿なとこも。スコール、俺、お前がすげぇ好きだ。」
子供のように鼻を啜りながら、ゼルが、へへ、と照れた声で笑う。
「・・・・やっと信じたのか。こんなんじゃ、これから大変だな。」
スコールがぐいとゼルの身体を抱き寄せる。そのまま、腕に強く力を篭める。そんな風に手放しで泣きたい
のは、自分の方だと思った。嬉しくて嬉しくて、目の奥が熱くなった。きっと、こんなに人を好きになる
事はない。こんなに、幸せだと思う事はない。好きだ。ゼルが好きだ。何よりも、誰よりも好きだ。
その想いのままに、金色の頭に手を伸ばした。雨に濡れた白い頬を、しっかりと両手で包み込む。淡い色の
唇に、引き寄せられるように口付けた。

触れた瞬間、薄い唇がビクリと痙攣する。その強張る唇を、宥めるように舌でなぞった。
「・・・・もっと、開け・・・」
僅かな隙間に舌を滑り込ませながら、掠れた声で強請る。自分でも、何て濡れた声だろうと思った。
掌の中のゼルの頬が、みるみる熱くなっていく。可愛い、と思った。可愛い。何て可愛い。
怯えたように逃げる舌に、しっかりと自分の舌を絡める。柔らかい肉は、まるで性器のようだと思った。
舌が柔らかいのは、感じるためだ。全ての感覚を、味わう為だ。だから感じる。だから人は舐めたがる。
だから人は、舐めて欲しがる。全部舐めたい。全部この舌で、味わいたい。
「・・・・・は・・っ・・・」
濃密なキスの合間に、ゼルが小さな吐息を漏らす。カッと身体が熱くなった。覆い被さるように細い身体を
掻き抱き、一層深く舌を絡めた。貪るように、というのは、こういう事を言うのだと思った。
「・・・・・・・っ」
思う存分口腔を掻き回した後、ようやく舌を引き抜いた。ゼルが呆然自失したように自分を見上げる。
「・・・・・どうだった・・・・?」
ちょっとやりすぎたか、と思いながら問い掛けた。ゼルがぐっと息を吸い込む。
「・・・・・・・き・・・・」
そう言ったっきり、中々次の言葉が出てこない。急に心配になった。初めてのキスがこんなに濃いのは、
嫌だっただろうか。
「・・・き?」
小造りな顔が、首まで真っ赤に染まっていく。やっと、喘ぐように一言吐き出す。


「気絶しそう・・・・・・」



スコールが破顔して笑い出す。あはははは、と声を立てて笑う美貌の男に、ゼルが一層真っ赤になって
食って掛かる。
「・・・んだよ!!俺、初めてなんだからな!!ビビって何がわりーんだよ!!ビビるに決まってんだろ!!」
「・・・・や、悪くない。全然、悪くない・・・・、悪く・・・・」
駄目だ、とスコールがまた身体を折り曲げて大笑いする。畜生、このエロテクニシャン野郎、と悔しげに
言うゼルに、また堪え切れないように噴出す。ゼルがヤケクソになって、うっさい馬鹿、と大声で怒鳴る。
んだよ。馬鹿。ガキ扱いしやがって。笑顔が見たいとは思ってたけど、ここまで爆笑しなくたって
いいんだからな。

スコールの笑いがまだ止まない。それを見ているうちに、段々不安になってきた。
俺、ずれてるんだろうか。普通はこんなの、平気で受け止めるもんなんだろうか。
キス一つ付いていけないでオロオロする自分は、そんなに滑稽なんだろうか。


ゼルが黙ってしまった事に気付いたスコールが、慌てて顔を上げる。
「いや。本当に悪くない。ただ、可愛いなって思っただけだ。」
「・・・・可愛とか言うな。」
いーよ、どうせ俺ガキっぽいし、と拗ねた口調で言うゼルに、スコールが困ったように眉を顰める。
「・・・怒ったのか?」
俯く前髪に隠れる額を、指で掻き分けながら尋ねる。思いがけず悲しげに伏せられていた金色の睫に、
ハッと胸を衝かれた。自分があんまり笑ったせいで、この奥手な男は不安になってしまったのだと、
即座に悟った。
本気で焦った。まずい。早くゼルを慰めなければ。早くさっきみたいな、明るい表情に戻らせなければ。

何を言えば、ゼルの機嫌が直るんだろう。また笑ってくれるだろう。
考えても考えても、上手い言葉は見つからなかった。
そしてふと、当たり前だ、と思った。
今まで、人を慰めた事なんか無い。笑って貰う為に、努力した事なんか無い。
だから、何を言ったらいいか分からない。そういう事を、自分は全く学んでこなかった。疎かにしたまま、
どうでもいいと放っておいた。改めて、自分は何て幅の無い、詰まらない人間だろうと思った。
それは大事な事だったのだ。
怠ってはならない、大事な努力だったのだ。


それなら、自分の貰ったものを。



スコールが思う。自分には何もない。それなら、自分が貰った言葉を返そう。
自分が今まで貰った中で、最上の言葉を。太陽のように、自分の心を照らしてくれた言葉を。
その言葉を、ゼルに向かって伝えよう。


「・・・ゼル」
身を屈めて、出来る限りの優しい声で呼びかけた。うん?とゼルが首を傾げて自分を見返す。まだ少し
心細げなその眼差しに、胸がぎゅっと締め付けられた。これでゼルが笑ってくれるといいな、と心から思った。
華麗だの完璧だのと、気持ち悪いぐらい褒めちぎられた事のある顔を、白い額に合わせるように近づける。
夢のように端正な美貌をにっこりと綻ばせ、甘く、ほんの少し悪戯っぽい声で囁く。





「すげぇ好き」





青い目がポカンと大きく見開かれる。
しん、と静まり返った一瞬後、ゼルがぶはっ、と腹を抱えて笑い出した。
「・・・・にっ、似合わね―――――――――!!!」
ぎゃはははは、と小柄な身体を思い切り反らして爆笑する。すっげー似合わねー、なんだそれ、とヒイヒイ
笑いながらスコールに尋ねる。
「愛の告白新バージョンだ。」
わざと淡々とした声で答えると、あっはっは、とまた堪え切れないように笑い転げる。
子供のように開けっぴろげに笑うその姿に、弾むような喜びが込み上げてきた。素直で、陽気で、可愛くて。
何て素敵な恋人だろう。もっともっと笑ってほしい。もっともっと笑わせたい。

ゆっくりやっていこう。
笑うゼルを眼を細めて眺めながら思った。ゆっくりやっていこう。この純真な、奥手な恋人を怖がらせない
ように。ゆっくりと、着実に、二人で恋をしていこう。
まだ笑い続けるゼルの腕を、ぐいと引っ張って抱き寄せる。帰る前にもう一度、と耳元で強請るように囁く。
腕の中の白い顔が、またみるみる赤く染まっていく。その柔らかな唇に、今度は優しく口付けた。





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